悲鳴嶼行冥が死んだ理由(死因)は?涙する死亡シーンは何巻何話?

悲鳴嶼行冥の死亡シーン

連載終了後の現在も人気を誇る、吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)先生の手掛けた大人気漫画の【鬼滅の刃】。

大正時代を舞台に、鬼殺隊と呼ばれる者たちが、人間を喰らう鬼を倒すために奮闘する物語です。

登場する数々の鬼は決して弱くはなく、身体能力も普通の人間の倍以上高いです。

鬼殺隊側も、数多の人間の命を落としました。

鬼殺隊最強と言われる男、岩柱の悲鳴嶼行冥もそのうちの1人です。

悲鳴嶼行冥の最期は、涙なくしては見られませんでした。

今回は悲鳴嶼行冥の感極まる死亡シーン、死亡理由についてご紹介していきたいと思います。

 

悲鳴嶼行冥の死因(死んだ理由)は?死亡シーンは何巻何話?

鬼殺隊の柱である悲鳴嶼行冥は、上弦の鬼や無惨との最終決戦にて最前線で戦っていました。

そんな彼は死闘の末、命を落としてしまうことになります。

鬼殺隊最強であると言われる悲鳴嶼行冥は、戦いで左足を切り落とされても最後まで諦めることなく率先して戦います。

そして最終決戦である、鬼舞辻無惨との戦いに勝利します。

しかし切り落とされた左足の出血が酷く、自ら治療を拒み出血多量で死亡しました。

そんな悲鳴嶼行冥の最後のシーンは、原作漫画23巻第200話「勝利の代償」で読むことができます。

 

悲鳴嶼行冥の死亡シーンを振り返る!最後に戦った相手とは?

鬼殺隊最強の男、悲鳴嶼行冥の涙なくしては見られない死亡シーンは彼の過去の話も含まれています。

そして死闘を繰り広げた、最後に戦った相手とは?一緒に戦ったのは誰?

ひとつひとつご紹介していきたいと思います。

 

悲鳴嶼行冥の死亡シーン

上弦の鬼と鬼舞辻無惨との死闘の末に勝利し、命を落とした鬼殺隊の岩柱、悲鳴嶼行冥。

その死亡シーンには誰しもが涙を流してしまったのではないでしょうか。

勝利後、事後処理部隊である隠(かくし)が悲鳴嶼行冥の左足の治療をしようとすると彼は拒みます。

その理由は、自身の死を悟り、もう手遅れだから他のものに薬を使ってほしいとの願いでした。

意識が遠のく中、悲鳴嶼行冥が鬼殺隊になる前に、寺で共に暮らしていた子供たちが現れます。

そして彼が疑い深くなってしまった原因である出来事が、思い違いであったことが子供たちの話によって分かります。

「いつも通りまた明日が来れば、ちゃんと話ができたのに」

この言葉には感極まってしまいました。

最後に子供たちの想いを聞き、一緒に行こうと、今まで見たことのない安堵の表情で息を引き取りました。

 

最後に戦った相手は?痣の出現はいつ?

悲鳴嶼行冥が最後に戦った相手は、鬼舞辻無惨です。

しかし、その前の戦いで相当体力も削られ、疲労困憊していました。

その前の戦いとは、上弦の壱・黒死牟との戦いです。

黒死牟はもともと呼吸を使う鬼殺隊の剣士だったため、血気術×痣の出現×月の呼吸と桁違いの強さを持っています。

そんな黒死牟相手に、悲鳴嶼行冥は苦戦します。

そして、無惨との戦いの為に温存しておきたかった力…

腕を組み合わせたかと思うと、腕に痣を出現させたのです。

『痣の出現があった者は25歳で死ぬ』との話でしたが、27歳の悲鳴嶼行冥は痣の発現後すぐに死亡はしていません。

彼の強さや生命力が関係しているのでしょうか。

 

上弦の鬼との戦いで一緒に奮闘した鬼殺隊は誰?

上弦の壱・黒死牟との戦いで共に死闘を繰り広げた鬼殺隊のメンバーは…

  • 時透無一郎
  • 不死川玄弥
  • 不死川実弥
  • 悲鳴嶼行冥

こちらの4名で戦いました。

柱が3人いるにも関わらずかなり苦戦したことを考えると、黒死牟の異次元な強さが伝わってきますね。

 

悲鳴嶼行冥が死亡に対するネット上の反応

今まで、悲鳴嶼行冥が強いんだろうということは分かっていましたが…

いざ戦いを見ると、8年間鬼殺隊隊員として奮闘してきたことが納得できる戦いぶりでした。

彼の死に感づいてはいたものの、最期を迎えるときは先を読むことが辛かったです。

最後まで諦めずに戦った彼の最期は、本当に切ない思いが残ります。

 

悲鳴嶼行冥が死んだ理由(死因)は?涙する死亡シーンは何巻何話?まとめ

  • 死亡理由は無惨に左足を切り落とされ、出血多量で死亡
  • 死亡シーンは原作漫画23巻第200話
  • 死亡シーンでは子供たちの想いを聞けて真実を知れた
  • 最後に戦った相手は鬼舞辻無惨
  • 痣の出現は、上弦の壱・黒死牟との戦いの最中
  • 黒死牟との戦いで一緒に戦ったのは、時透無一郎・不死川玄弥・不死川実弥

今まで鬼殺隊を先導してきた、悲鳴嶼行冥。

彼の最後を看取った数人の隠の反応から、彼は強く信頼され、鬼殺隊に必要不可欠な存在だったということが分かります。

最後に子供たちとの間の誤解が解けて、本当に良かったですね。

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